王太子とヴァキアンの姫君 (3)
2010.03.24 Wednesday
帝王アード・アル・レストはいつものように帝王妃ソフィーダのもとに向かった。
後宮の主は婉然と帝王を迎える。
美しさは子供を2人ももうけたにもかかわらず、全く錆びていなかった。
艶やかさだけが更に増されている。
対するアードはと言えば、やっと少し貫禄が出てきたと言ったところだろうか。老けてはいない。やっと「若造」扱いされることが少なくなってきたので本人は喜んでいる。相変わらず人気も高かった。
既に寝所に居たソフィーダの隣には、やはりお側去らずの女官(という地位なのだがやっていることは奴隷であった頃とさほど変わらない。本人が変化を望まないのである)レーゼが侍っていた。
「よう、レーゼ。ここはもういいぞ。下がって休め」
「わたくしのレーゼに勝手なことを言わないで下さいませ」
ソフィーダは笑いながら言った。レーゼは平伏する。
「でも、本当にマジェスティがいらしたからもういいわ。下がっておやすみなさい。ダリアも待っているでしょう」
ダリア、とはレーゼとサラディンの娘である。ルイナンより2つ年下の13歳だった。後宮内にある母の部屋に住んでいる。
奴隷上がりの女官というレーゼの立場からすれば侍女か何かになるべきだし、現在は名誉警察総監となっているサラディンの立場からすれば貴族の娘という扱いになるべきだし、という中途半端な立場にいた。レーゼの手許で育てられている分、なおさらどっちとするべきか判然としない。サラディンも庶民出身だけあって家系的な後盾がないのも、立場を中途半端にする一因だった。
サラディンは娘を可愛がってはいるものの、それを手管にして権力を握ることは全く考えていない。
母がソフィーダに仕えているように、ダリアもジャーリスに仕えるのが順当ではあるのだが、サラディンの立場を考えるとそうもいかず、一応王太子ルイナン付きの女官ということになっている。
以上は余談。
とにかくレーゼは一礼して引き下がった。
他の奴隷も下がらせる。
その途端、アードは実に潔く寝台にひっくり返った。
「お行儀の悪い」
ソフィーダはそう言うものの、笑顔である。
「今日の御前会議は実に疲れた。許せ」
「いつもそう仰有るではないですか」
「ルイナンがまた逃げようとしたらしいぞ。ジールがひきずってきた」
「…どなたに似たのやら…。本当に」
言いながらソフィーダは明日ルイナンを呼んできっちり説かなければ、と心の中で決めていた。
アードは行儀悪くごろごろと転がり、頭をソフィーダの膝に乗せる。
「それはともかく、今日の御前会議はちと洒落にならなかったぞ」
「何か不穏なことでも?」
「そろそろジャーリスの嫁ぎ先を決めてはどうかとの意見が出た」
「まあ…」
「まだ早いよなあ」
ええ、と肯きかけてソフィーダは思いとどまった。
「…そうでもありません。もうあの子も十六歳でしたわ。私がマジェスティに嫁いだのは十五でしたもの。ちっとも早くありません」
「安易にやることもなかろう。何しろ当代のセット(王女)だぞ。そこいらの奴にくれてやるわけにはいかん。第一、ジャーリスもまだこの王宮から出たくはないだろう」
「マジェスティの姫君は独身を通す方が見目良いという意見もありますものね。でもわたくしは、出来れば誰かしっかりした方の所に嫁がせてやりたいです」
「平凡だなあ」
「娘を思う母の気持ちなど、平凡にしかなりませんわ」
「そういうものか…」
「マジェスティだって、娘をなかなか遣りたがらないところなんかわたくしの父そっくりです」
「リヤドは早々にお前を遣りたがっていたと聞いたが?」
「それは表向き、政治向きのお話です。嫁ぐ前の父は浮いたり沈んだりあれこれ悩んでいたようで、見ていて可哀想でしたわ」
「ふーん…」
「で、どなたかめぼしい方はおられましたの?」
「いや、まだそこまでは話が出ていない。これからだな。属国の王家か我が家臣にやるか、それだけでも大問題だ」
「…わたくしとしてはあまり遠くには遣りたくないのですけれども」
ソフィーダは溜息をついた。属国の王家などに遣ってしまったら下手をすれば今生の別れになる。
「あとはそれを決めるなら同時にルイナンの嫁も探さないとなァ」
「!」
とんでもないというようにソフィーダは眉をつり上げた。
「それこそまだまだ早すぎますわ!あの子はまだ十五歳です。御前会議もさぼりたがる子供に結婚などとんでも…!」
「じゃあジャーリスの方もまだまだ先でいいな?」
「…」
「ま、今日明日の話じゃないさ。ゆっくり考えよう」
後宮の主は婉然と帝王を迎える。
美しさは子供を2人ももうけたにもかかわらず、全く錆びていなかった。
艶やかさだけが更に増されている。
対するアードはと言えば、やっと少し貫禄が出てきたと言ったところだろうか。老けてはいない。やっと「若造」扱いされることが少なくなってきたので本人は喜んでいる。相変わらず人気も高かった。
既に寝所に居たソフィーダの隣には、やはりお側去らずの女官(という地位なのだがやっていることは奴隷であった頃とさほど変わらない。本人が変化を望まないのである)レーゼが侍っていた。
「よう、レーゼ。ここはもういいぞ。下がって休め」
「わたくしのレーゼに勝手なことを言わないで下さいませ」
ソフィーダは笑いながら言った。レーゼは平伏する。
「でも、本当にマジェスティがいらしたからもういいわ。下がっておやすみなさい。ダリアも待っているでしょう」
ダリア、とはレーゼとサラディンの娘である。ルイナンより2つ年下の13歳だった。後宮内にある母の部屋に住んでいる。
奴隷上がりの女官というレーゼの立場からすれば侍女か何かになるべきだし、現在は名誉警察総監となっているサラディンの立場からすれば貴族の娘という扱いになるべきだし、という中途半端な立場にいた。レーゼの手許で育てられている分、なおさらどっちとするべきか判然としない。サラディンも庶民出身だけあって家系的な後盾がないのも、立場を中途半端にする一因だった。
サラディンは娘を可愛がってはいるものの、それを手管にして権力を握ることは全く考えていない。
母がソフィーダに仕えているように、ダリアもジャーリスに仕えるのが順当ではあるのだが、サラディンの立場を考えるとそうもいかず、一応王太子ルイナン付きの女官ということになっている。
以上は余談。
とにかくレーゼは一礼して引き下がった。
他の奴隷も下がらせる。
その途端、アードは実に潔く寝台にひっくり返った。
「お行儀の悪い」
ソフィーダはそう言うものの、笑顔である。
「今日の御前会議は実に疲れた。許せ」
「いつもそう仰有るではないですか」
「ルイナンがまた逃げようとしたらしいぞ。ジールがひきずってきた」
「…どなたに似たのやら…。本当に」
言いながらソフィーダは明日ルイナンを呼んできっちり説かなければ、と心の中で決めていた。
アードは行儀悪くごろごろと転がり、頭をソフィーダの膝に乗せる。
「それはともかく、今日の御前会議はちと洒落にならなかったぞ」
「何か不穏なことでも?」
「そろそろジャーリスの嫁ぎ先を決めてはどうかとの意見が出た」
「まあ…」
「まだ早いよなあ」
ええ、と肯きかけてソフィーダは思いとどまった。
「…そうでもありません。もうあの子も十六歳でしたわ。私がマジェスティに嫁いだのは十五でしたもの。ちっとも早くありません」
「安易にやることもなかろう。何しろ当代のセット(王女)だぞ。そこいらの奴にくれてやるわけにはいかん。第一、ジャーリスもまだこの王宮から出たくはないだろう」
「マジェスティの姫君は独身を通す方が見目良いという意見もありますものね。でもわたくしは、出来れば誰かしっかりした方の所に嫁がせてやりたいです」
「平凡だなあ」
「娘を思う母の気持ちなど、平凡にしかなりませんわ」
「そういうものか…」
「マジェスティだって、娘をなかなか遣りたがらないところなんかわたくしの父そっくりです」
「リヤドは早々にお前を遣りたがっていたと聞いたが?」
「それは表向き、政治向きのお話です。嫁ぐ前の父は浮いたり沈んだりあれこれ悩んでいたようで、見ていて可哀想でしたわ」
「ふーん…」
「で、どなたかめぼしい方はおられましたの?」
「いや、まだそこまでは話が出ていない。これからだな。属国の王家か我が家臣にやるか、それだけでも大問題だ」
「…わたくしとしてはあまり遠くには遣りたくないのですけれども」
ソフィーダは溜息をついた。属国の王家などに遣ってしまったら下手をすれば今生の別れになる。
「あとはそれを決めるなら同時にルイナンの嫁も探さないとなァ」
「!」
とんでもないというようにソフィーダは眉をつり上げた。
「それこそまだまだ早すぎますわ!あの子はまだ十五歳です。御前会議もさぼりたがる子供に結婚などとんでも…!」
「じゃあジャーリスの方もまだまだ先でいいな?」
「…」
「ま、今日明日の話じゃないさ。ゆっくり考えよう」
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