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王太子とヴァキアンの姫君 (7)

 レスト・カーンからはるか海を隔てたところに、そのバスクという国はあった。

 遠すぎてレスト・カーンとの国交はない。カリューンのことも知られていなかった。国土は狭かったが、宝石が出るので豊かな国ではある。そして、バスクの王族は「ヴァキアン一族」と呼ばれ、特別な力を持ち、それが現人神として信仰を集めていた。
 現王は齢50にもなろうかというグライ・ヴァキアンである。
 彼には、3人の子供がいた。


 剣の音が、城の中庭に鮮やかに響き渡る。
 「バディーア様、お見事!!」
 審判役である近衛隊長の声と共に、跳ね飛ばされた細い剣がくるくると回って地面に突き刺さった。
 剣の持ち主、つまり敗者である方はへたり込んでいる。
 勝者はふっと息をつき、剣を納める。
 濃い茶色のまっすぐな髪。同色で切れ長の勝気そうな瞳。女性らしくなってきつつはあるが、どちらかというとよく鍛えられているという印象の体つき。
 見た者が必ず振り返らざるを得ない、不思議で中世的な美しさを持つ少女だった。
 この少女こそが現バスク国王グライ・ヴァキアン秘蔵の姫君、バディーア・ヴァキアンその人である。歳は15だった。
 「私の勝ちだなんて…。近衛兵は一体どういう鍛え方をしているの?この者は近衛兵一、二を争う剣の腕前と聞いたのよ?」
 その美しい姫は、近衛隊長をきっとにらんだ。
 「いえ、決して怠けているわけでは…」
 近衛隊長は口ごもる。
 「早い話が、そなたが強すぎるということだ。見事だったな、バディーア」
 「そうそう。すごいじゃないか」
 助け舟を出したのは、二人の青年だった。良く似た整った顔立ちをしている。
 バディーアの双子の兄、ネオとアストラだった。歳はバディーアより4つ上である。妹に劣らずの美丈夫であった。
 「兄様がた…見てらしたの?」
 今度はそちらをにらむバディーア。少し頬が紅潮している。
 「たまたま通りがかったのでな。実に見事だった」
 「そんなことはありません。近衛兵が弱いのです」
 「そう言ってもそなたが強いことに変わりはないさ。よくここまで鍛錬したな」
 兄二人からほめられても、バディーアは少しも嬉しそうな顔を見せなかった。
 「とにかく…ネオ兄様、アストラ兄様、近衛兵をきちんと鍛えておいて下さいませ。私に負けるようでは話になりませんわ」
 言い捨てて、さっさとその場を去る。近衛隊長はとりあえず咎めがなかったことに胸をなでおろし、兄二人は溜息をついた。


 王宮内に入ったバディーアの足取りがだんだん速くなる。
 早くたどり着かなければならない。
 今の時間なら大丈夫なはずだ。急な御前会議が入っていないことを彼女は切に願った。
 長い廊下を折れ、突き当たりの扉を開く。足取りはもう、駆け足に近くなっていた。
 「お父様!」
 向かった先は国王専用の書斎だった。
 果たして父王はいつものようにそこでゆったりと本を読んでいた。
 髪はもう殆どが白くなり、武勇を誇った昔とは比べ物にならないほど体つきも小さくなっている。老人といっていい風貌だったが、歳を重ねてきた不思議な落ち着きがあった。
 「バディーアか。どうした」
 「お父様…!」
 彼女は父王に駆け寄り、その膝に体を投げ出す。
 そこで初めて一粒だけぽろっと涙がこぼれた。
 「どうした」
 「…近衛兵が、私に負けたのです」
 「ほほう」
 「……あんなに…弱いなんて、どうかしています。罰を与えてください」
 「バディーア。お前は今、自分が無茶なことを言っていると分かっているね。お前に負ける者にいちいち罰を与えていたら、この国の兵士はいなくなってしまう」
 「いなくなればいいんです!」
 父王の膝に顔を伏せたまま、バディーアは叫ぶように言った。
 「バディーア」
 父王はそっと娘の髪をなでた。
 「剣技に長けているのはそんなに嫌なことなのかね?それもそなたの才能ではないか」
 「…」
 「姫にしては少し変わっているかもしれないが、それはそれでよいのではないかとわたしは思うがね。剣技が好きだから頑張ったのだろう?」
 「……違います」
 少し長い時間をかけて、バディーアは首を振った。
 「違ったのか」
 「剣技が強くなれば……と思ったから…」
 理由はよく聞き取れなかったが、父王にはとって理由はたいした問題ではなかった。
 「そう悩むこともないと思うがね。そなたにはいずれ婿を取るから、剣技は好きなところまで磨いて、そなたが満足するところで止めておけばいいのだよ」
 「婿ですって!?嫌です!」
 搾り出すようにバディーアは言い、きっと父王を見上げた。
 「ネオ兄様もアストラ兄様もいらっしゃるではないですか」
 「それでも、本当のヴァキアンはそなただけだよ。…あまり悲しいことを言ってくれるな。ヴァキアンはこの国の希望だ。この国皆の希望になれるのだとしたら、それはよいことではないのかね。しかもそなたのような美しい姫に」
 親馬鹿を言いながら、父王グライは娘を見つめてその頭を撫でる。まったく、自分の娘ながらこうも美しく育つとは思わなかった。ネオもアストラも王子としては容姿も才覚も申し分ない。だが、バディーアの美しさはそれすらかすませる。
 「婿を取らねばならぬのだとしたら…私より強い殿方にして下さいませ」
 「何故だね?」
 「私より弱い殿方など、話になりません」
 「容姿や身分はよいのかね?そなたと共にバスクを統治するのだとしたら、頭もよくなくてはならぬと思うが」
 「私が本当のヴァキアンだとしたら、そんなものにはなんの意味もありませんもの」
 「…確かに。少し、考えてみる価値はありそうだね。まあまだまだそなたに婿を取るのは先の話だ。ゆっくりするといい。急いで成長することはないよ、バディーア」
 「…はい」
 先の話、と聞いて少し安心したバディーアは、再び父王の膝に頭を預けた。
神崎 瑠珠 * 王太子とヴァキアンの姫君 * 22:21 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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