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王太子とヴァキアンの姫君 (8)

1.

 バディーアが遠い海の向こうで近衛兵を打ち負かした夜。レスト・カーン王宮では、王太子ルイナンがいつものようにぐっすりと休んでいた。
 彼は昼間よく動くので寝つきが良い。広々とした天蓋つきのベッドに一人で睡眠を贅沢に貪っている。
 その様子を、姉のジャーリスは例の小部屋にある銀盤を通して見ていた。この姫はそこまでの技を身につけている。伯父ムスティールから教わったのもあるが、殆どは独力だった。神官というよりは魔術師と言った方がよいような呪力である。
 そこへシャムスエンナハールが現れた。
 「ジャーリス、お待たせ。姫はここに連れてきてあるわ。ぐっすりおやすみ中」
 女魔神の腕の中には、簡素な夜具を身にまとって熟睡しているバディーア姫その人がいた。
 「どれどれ」
 ジャーリスはそっと覗き込む。
 自分とはタイプの違う美しさを確認すると、彼女は満足してうなずいた。
 「そうね、まあまあね。確かにわたくしの次くらい、だわ」
 「…ほんと、言いたい放題よねジャーリスは。それで、どうするの?」
 「ルイナンは今寝ているわ。この姫をそこに連れて行って、ルイナンだけ起こしてみて」
 「バディーア姫は?」
 「寝かせたままよ」
 「なんで?」
 「言ったでしょ、見せるだけって。ああ、あの子が不埒な行いに出ようとしたら、すぐに連れて帰ってきて貰わなければね」
 「…よくそんな性格の悪いことを考えつくわね」
 「人聞きの悪い」
 「そこが大好きなんだってば。じゃ、連れて行くわね」
 シャムスエンナハールはくるっと回ってふっと消えた。


 熟睡していたルイナンは、違和感でふと目が覚めた。
 「…なんだ…?」
 夜中に目を覚ますこと自体が珍しいこの健康な王子は、ふと起き上がって少し頭を掻く。
 薄明かりがともっているのはいつものことだったが、番をしている奴隷は寝ているようだった。
 「…無用心だな」
 本来その場で打ち首にすべき奴隷を、ルイナンは一言で片付けた。どうということはないだろう。勿論その奴隷は職務怠慢だったわけではなく、シャムスエンナハールによって眠らされていたのだ。その奴隷だけではない。ルイナンの部屋近辺にいる全ての人間が眠らされていた。
 しばらくの静寂の後、ルイナンはやっと違和感の正体に気づく。寝具がわずかに傾いているのだ。そして何気なくそちらに顔を向けた彼は心底驚いた。
 「え!?」
 そこに横たわっていたのは、すやすやと規則正しい寝息を立てている美しい女性だった。
 大声を上げたルイナンは慌てて自分の口をふさぎ、周囲の様子を伺って誰も来る気配がないのを確かめて、おそるおそる上から覗き込む。
 知らない顔だった。しかし美しく、可愛らしい。絶対にどこかの姫だろうと思った。
 ― でも、なんでここにいるんだろう。
 自分が眠りにつくときには居なかった。それは絶対だ。ということは寝ている間に隣に来て、一緒に寝ていたということだろうか。
 「…もしかして、ジンニーア(女魔神)の姫か…?」
 シャムスエンナハールのことを言い当てたわけではない。姫のこと自体を女魔神かと思ったのだ。
 ルイナンはおそるおそる手を伸ばし、姫の頬に触れてみる。柔らかくすべやかなその頬は、人のぬくもりがした。
 そうなるとますます分からない。一体誰で、なんのためにここで寝ているのだろう。
 とりあえず。
 「…起きてくれないかな」
 ルイナンは姫をそっと揺さぶった。起きない。揺さぶったときに少しだけため息のような声をあげたから、命はあるようだ。よほど深い眠りなのだろう。
 「…起きない」
 困った。困りながらも、ルイナンはその姫にうっとりと見とれた。母や姉のような華やかな美貌ではない。静かで、整った美貌である。
 
 「起こすのも可哀相か」
ルイナンはあまり深く考えず、もう一度横になろうとする。
 その時、その姫がぱっちりと目を開けた。


神崎 瑠珠 * 王太子とヴァキアンの姫君 * 23:31 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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