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はやぶさ(前編)

(注:ものすごく遅ればせながら、小惑星探査機「はやぶさ」の擬人化小説です。詳しくはこちら

私は、現代科学の粋を集めて生まれた。
これから始まる宇宙大航海時代の嚆矢の一つとなるために。
つけられた名は「はやぶさ」。
2003年5月9日。小惑星探査機としての私の旅は始まった。
そして2010年6月。60億キロメートルの旅と、役目は終わろうとしている。


これまで、色々なことがあった。
エンジンは壊れるし、着陸も失敗するし、一緒に連れて行ったロボットのミネルバは投げ損ねてどこかにやってしまうし。
極めつけは推進剤が漏れたことに端を発するトラブルの連続で1ヶ月半も気を失っていたこと。これは不覚だった。
「でも、起きたもんね」
私とずっと一緒にいたカプセルが言った。
「起きたよ。呼ぶ声が聞こえたから」
遥か遠い地球から私を呼ぶ声。私を作り、送り出してくれた人たちの声で私は起きた。
「僕たち、声は聴こえるように出来てるんだね」
「そうだね」
「あとは?」
「人間の感覚は5つあると言われている。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚」
「どういうこと?」
「視覚。画像を収拾する能力。私にはカメラがついているから、これはあるね」
私は少しずつ考えながら言った。本当は命令されたこと以外にエネルギーを使うのは御法度なのだけれど、もう地球にたどり着くだけなのだから、少しは許されるだろう。
「聴覚。音声を収拾する能力。声が聞こえているのだから、これもあるね。触覚…体にゆがみや変形が起きた時に起きる感覚。体のどこが故障したかわかるから、これもあるよ」
これが人間と同じものかどうかはわからない。ただ、私は人間と同じ感覚を探していた。
「嗅覚。気体の化学変化を感じる能力。…キセノンガスを感じる能力でいいかな。これもある」
「僕たち、結構人間に近いんじゃないかな」
「そうかも知れないね。でも、最後の味覚は分からないな。どういう能力なのかがさっぱり分からない。私はそういうものを分析するようには作られてないんだ」
「惜しかったね」
「そうだね」


あと、私の役目は無事地球にたどり着いてこのカプセルをオーストラリアのウーメラ砂漠に落とすこと。
そして、大気圏に突入すること。
それで終わり。


「それは死ぬっていうこと?」
カプセルがまた私に聞いた。今まで燃料節約のためにずっと黙ってきたのだが、ここまで来られたせいで多少饒舌になっているようだ。
勿論、私は常に地球との通信に気を配っている。静かに見えても細かい指示が寄せられているのだ。その合間に私は答えた。
「死ぬということかどうかはわからない。元々命がないものだから」
「命ってなに」
「生きて、動くもの」
それは私の中にインプットされている。私が行った小惑星イトカワに万一生き物が居た時に、私がそれと判別出来るように。その意味でいえば、私は生き物ではないから、私の任務が終わることが死ぬことかどうかは分からない。
「でも、私の名前は生き物の名前だから」
「はやぶさ?」
「そう。生き物の名前。空を飛ぶものだそうだ。だから、私は生き物なのかもしれない」
私を作った人たちがくれた名前。はやぶさ。
ただの機械ではないということ。
「いいなあ」
「人のために作られたということが分かるだろう?私は、人の役に立つために作られたんだ。そして、生き物の名前を貰った。なんとか行って、帰ってきた」
「でもさ…」
カプセルは言いよどむ。
「僕の中、空っぽに近いような気がするけどいいのかな」
「それは…」
私も口をつぐんだ。
何でもいいから小惑星イトカワのなにかを摂ってくるのが私の仕事だった。
情けないことに、二度も挑戦しながら上手く取れたかどうかは分からないのだ。採取した後に推進剤が漏れ、気を失ったせいだ。
「それでも、帰って来いというのだから、きっとそれでいいんだ」
「そうか」
「うん。とにかく、今は帰るのが私の仕事だ」


地球上空にたどり着いた。
位置を確認する。
「あのさ、聞きたかったんだけど」
「何。今は忙しい」
なにしろ君を正確に落とさなければならないのだから。
「僕はこれから地上に落とされるんだよね」
「そうだよ」
「じゃあ、はやぶさは?」
「私?」
「うん」
「君を正確にウーメラ砂漠に落とさなければならない。そしてその後大気圏に突入しなければならない。そして私はそれに耐えるように出来てはいないから、燃え尽きる」
「僕は一台になるの?」
「大丈夫。私たちを作った人たちが、きっと見つけてくれる」
「僕は燃えないの?」
「君は摂氏一万度にも耐えられるように出来ているから大丈夫。大気圏を抜けて高度5キロにくらいになったらパラシュートを広げて、壊れないようにゆっくり落ちるんだ。そして、呼ぶんだよ。大きな声で。探してもらえるように。それが君の役割だ」
「僕も、人のために作られたのか」
「そうだよ」
「だのに僕には名前が無いんだ」
「私の名前は、君の名前でもある。ずっと一緒だったのだから。そして君は『僕たち』と言った。私たちは、二台で『はやぶさ』だ」
「僕も『はやぶさ』か」
「うん。さあ、もうすぐ目的地に着く」


 地球から7万キロ。これだけ近づけば正確にウーメラ砂漠に落とすことが可能だろう。慎重に姿勢を保つ。
「こういう時に、人間は『さよなら』というらしいよ」
「君と僕は、ここで『さよなら』なんだね」
「そう」
「上手く出来るかな」
「大丈夫」
「じゃあ、『さよなら』」
「『さよなら』」
私はカプセルを切り離し、投げた。

神崎 瑠珠 * はやぶさ * 23:20 * comments(2) * trackbacks(0) * - -

コメント

泣いちゃったじゃないかー。
まだ前編なのに(><)。
Comment by あり @ 2010/07/14 1:00 PM
ええっ、あ、ありがとう…!
どどどどこが泣きどころだったの?(作者が動揺)
Comment by 神崎 瑠珠 @ 2010/07/14 9:02 PM
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