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はやぶさ(後編)

(前編はこちら

最大の役目は終わった。
だが、私は大気圏に突入して燃え尽きるまでが仕事だ。私くらいの物体が大気圏に突入したらどうなるかというデータを取るのも目的だからだ。
それが死ぬことなのかどうかは、やっぱり分からない。
だが、そこで私の役目が全て終わるのも確かだ。
その時、地球から声が届いた。


「はやぶさ、聴こえているか?」
「はい」
「君に、もう一つ任務を追加する」
予定外だ。
「なんですか」
「そのまま反転し、地球を撮影してくれ」
私の姿勢制御用のエンジンはもう全て壊れていた。バッテリーだって壊れている。正直、壊れていないところの方が少ないくらいだ。カメラの電源もエネルギー保持のため、イトカワを出てから切っている。人間風に言うならばずっと目を閉じて飛行して来たようなものだ。
でもそれでも命令には従う。人のために生まれて来たのだから。
イオンエンジンならまだ使える。


私は久々に目を開けた。
そこには大きくて丸い星があった。
私が生まれた場所。飛び立った場所。イトカワと違って、様々な生き物にあふれている場所。
帰ってきた。


「よく頑張った。ありがとう」


私を作った人たちの声が聞こえる。
私を作っていない人たちの声も。
壊れたのだろうか。
沢山の声が聞こえる。
頑張ったってなんだろう。
任務を遂行したから?


「お帰り!」


写真を撮らなくちゃ。
なかなか上手く撮れない。
「お帰り」とは生き物に言う言葉ではないか。
私は人の手で生まれて来た。だから人のために何かを残す。それだけの機械なのに、人は私に生き物の名前をくれた。宇宙で迷子になった私をずっと探してくれた。「お帰り」と言ってくれた。
この沢山の声がただのノイズで、私が壊れかけている証拠だとしても。
今、私は確かにここから地球を見ている。


一度だけカメラが地球をとらえた。
もう色も見えない。
ごめんなさい。
きちんと送れたかどうかすら、もう分からない。


「よく頑張った。ありがとう」


やっぱり、地球から沢山の声が聞こえる。
私に生き物の名前をくれた人たちの声。私を知ってくれた人たちの声。
私は生きている。
機械だし、味覚はなさそうだし、生き物だという証拠は何もないけれど。
これが「嬉しい」ということだろうか。


私は大気圏に向かった。
この身が燃え尽きることは分かっている。
だけど私はただ壊れるのではない。消滅するのでもない。
生きているから、死ぬのだ。
「はやぶさ」の名前はあのカプセルにあげた。
大丈夫。私を作った人たちは、あの子の中からきっと何かを見つけてくれる。「帰ってこい」と言われた意味はちゃんとある。
あの子は人に受け継がれ、それから未来を繋いでいく。それだけではない。私を作った人たちは、私の死からすら何かを見つけ、新しく繋いでいってくれるのだろう。
私だって、今までの様々な「人が作ったもの」から受け継がれて作られたものだ。
やっとわかった。
それは、生き物の連鎖そのものだ。


「ただいま。そして、さよなら!」


私を作ってくれた人。迎えてくれた人。地球の生き物。地球そのもの。私の分身であるカプセルの「はやぶさ」。
私は、生きている。生きてきたよ。
精一杯生きた。
「満足」とはこのことなのだろうか。そうだといいのだが。きっとこれだろう。
そんなことを考えながら大気圏に、私は溶けた。


オーストラリア、ウーメラ砂漠。
アボリジニの聖地に一つのカプセルが静かに落下した。
力強くビーコン音を発する。


「ここに、います。生きて、帰ってきています」


「はやぶさ」は、精一杯声を張り上げる。
彼らを待っていた全ての人に向けられ、繋がれていく。
それは、未来への命そのものの声だった。
神崎 瑠珠 * はやぶさ * 22:54 * comments(3) * trackbacks(0) * - -

コメント

「泣きどころ」は、はやぶさの健気さってことで(><)。
いいこだねぇ、うるうる。
素敵なお話、ありがとう!
Comment by あり @ 2010/07/15 9:36 AM
多くの人がこころ動かされて、歌や絵や、お話まで書いてもらえて、はやぶさはしあわせものだねぇ。(;_;)

それにしても、ただのビーコン音にあんなに感動したのは人生最初で最後だし、職業柄たくさんグラフを見てきたけど、単なる折れ線グラフ(はやぶさからの信号強度)に涙を流したのも最初で、きっと最後だろう。
Comment by ちこりす @ 2010/07/15 9:57 PM
>ありちゃん
確かに健気な子でした!いいこだよ〜〜。
うるうる。伝わって嬉しいです。ありがとう!

>ちこりすちゃん
多くの人たちの心を動かすだけのことをしてきたものね。

どうしてもはやぶさが「生きてきた」ということを書きたかったのです。
読んでくれてありがとう。
っていうかそもそも教えてくれたのは君なのでした。ありがとう!!!
Comment by 神崎 瑠珠 @ 2010/07/15 11:39 PM
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