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王太子とヴァキアンの姫君 (9)

「どうして起きるの!?」

 銀盤の向こうで声を上げたのはジャーリスである。
 「シャムスエンナハール、戻って!」


 「…誰っ!?」
 目を開いたバディーアはとっさに跳ね起きて、枕元にあるはずの剣を探したが、見つからない。
 さっとあたりを見回す。明らかに自分の部屋ではない。
 さては。
 「無礼者!」
 彼女は手で自分をかばいながら唐突に言った。
 「え?」
 「名を名乗りなさい。私をかどわかすような不埒なことをしておいて!」
 「うーん」
 急に跳ね起きられてびっくりしたルイナンは、自分も身を起こしながら頭を掻く。
 「どっちかっていうと、逆なんだけど」
 「何ですって!?」
 「ここは俺の部屋で、俺がただ寝てたら、君がいつのまにか隣で寝てたんだ」
 「そんな…」
 一体どういうことなのか、互いに分からない。
 「だから、俺からしたらむしろ君が刺客か何かか?って疑わなきゃいけないところなんだけど、どうやら違いそうだね」
 あっけらかんと言って笑うルイナンを見て、バディーアの腕の力が少しだけ抜けた。
 「…あなたは、誰なの?」
 「ルイナン。君は?」
 「…」
 ルイナンも一応は王太子である。正体の分からない相手にフルネームを名乗る事はしない。しかし、バディーアからしてみると、やはり聞いた事がない名前だ。また腕に力が入る。
 「…俺が名乗ったのに」
 さすがに面白くない。このあたりはルイナンもまだ子供だった。
 「聞いたからといって、名乗る義務はないわ」
 「礼儀は?」
 バディーアは言葉に詰まった。どうしてここに武器がないんだろう。ナイフの一本でもあれば、この男を黙らせてやるのに。

 一方ジャーリスの元へは、シャムスエンナハールが戻って来ていた。
 「なんなの、シャムスエンナハール!何故あの姫は目を覚ましたの!?」
 「知らないわ。ここに連れてくるまでは効いてたのにね。元々魔術が効きにくい体質か、あの姫自身がジンニーア(女魔神)か何かなんじゃない?」
 「何を呑気な。とにかく今は喧嘩してるようだからいいけど、まかり間違って仲直りでもしたらとんでもない事態になるわ」
 「ええ?仲良くさせるんじゃなかったの?」
 「ただ仲良くさせてたまるもんですか。― 一か八かよ、シャムスエンナハール、これを持っていって」
 ジャーリスが差し出したものを見て、シャムスエンナハールは2回程宙返りをうった。
 「なーんだってジャーリスはこんなものまで持ってるの?全く、姫君にしておくには惜しいわね。術師になった方がよくはなくて?」
 「つべこべ言わなくていいから、早く!」
 続いて短く指示を与える。シャムスエンナハールは瞬間で小部屋を3周ほど回った後、空気に溶けた。

 「…どうしても名乗りたくないなら、名乗らなくてもいいけどさ…」
 にらみあっているうちに、ルイナンが折れた。彼は伊達にアードとソフィーダの息子をやっているわけではない。おまけにジャーリスという難攻不落の姉まで持っている。女と意地の張り合いをしても無駄だということは、よく身にしみていた。
 「…」
 「それより、君はどっかから連れてこられて、知らない間にここにいたんだろ?」
 「そうだけど」
 「そりゃまあ…驚くよなあ。いきなりじゃな」
 あまりに呑気な物の言い方だったので、そのことの方にバディーアは驚いた。こんな呑気な男は初めて見た。
 「どうやって帰らせたものかなあ。朝になってから誰かに送らせればいいのかな」
 「ここには寝ずの番もいないの?」
 「いないわけじゃないけど、今寝てるみたいだから。下手に呼ぶと首が飛んで可哀想だろう」
 「そうね」
 二人とも、言う事が王子王女である。
 ルイナンの寝台は、天蓋がついていて薄いカーテンですっぽり覆われている。寝ずの番が目を覚ましてもすぐにバディーアが見つからないことだけはよかったのかもしれないが、いつまでも隠し通すわけにもいかないだろう。
 「ルイナン様」
 二人が少し考え込んだその時、カーテンの向こうから声がした。
 「誰だ?」
 ルイナンはとっさにバディーアに布団を被せ、カーテンの合わせ目を押さえてから尋ねる。
 「女官のシャムスにございます。お声がしたようなので…何かございましたか?」
 声の主は、勿論女魔神シャムスエンナハールである。
 「な、何でもない。虫が出ただけだ」
 慌てすぎていたルイナンは、そんな名前の女官に心当たりがないことすら思いつかなかった。
 「左様でございましたか。その虫は…?」
 「もう逃げた。大丈夫だ」
 「かしこまりました。…もしかして悪い夢でもごらんになったかと思い、こちらに白湯など持ってまいりましたが、いかがいたしましょうか」
 「もらおう」
 「はい。…カーテンの中に入ってもよろしいでしょうか」
 「だ、駄目だ。白湯はそこの棚においてゆけ」
 「はい」
 「えっと、俺はそんなわけで起きてしまったから、明日の朝は俺が起きるというまで起こさなくていい。ダリア以外は声もかけるな。皆にそう伝えろ」
 「では、そのように」
 明らかに不審なルイナンの命令をとがめるわけでもなく、声の主の気配はつと消えた。ルイナンは気配が消える様子を感じてから心の中でたっぷり十数えた後、やっとカーテンを薄く開ける。果たして、寝台の脇にある小棚の上に白湯の入った瓶と、杯が1つずつあった。
 「やれやれ…びっくりした。ごめんな」
 手を伸ばして瓶の中の白湯を杯に注いでから、ルイナンは再びカーテンをぴっちりと閉めて寝台の中に戻る。
 バディーアはとっくに布団をはねのけ、きちんと寝台の上に座っていた。
 「私が、虫ですって?」
 「え?」
 「虫とはどういうこと?」
 「言葉のあやだよ。ごめん」
 「…」
 不意にバディーアの表情がほころんだ。笑ったのだ。その顔は年相応に朗らかで、可愛らしかった。
 「どうしたの?」
 「あなた、すぐ謝るのね」
 「本当は謝っちゃいけないらしいんだけど。意地を張っても仕方ないからなあ」
 その辺は母と姉、主に後者に叩き込まれている。
 「さて、これで明日の朝までの時間稼ぎは出来た。いつもの通りなら朝早くにダリアが来るだろうから、君のことはダリアに任せよう。多分、なんとかしてくれる」
 「ダリアって?」
 「女官の一人だけど、名誉警察総監の娘なんだ。俺が一番信用している女官でもある」
 「そうなの」
 バディーアはそう言いながら内心少し動揺した。まず、名誉警察総監という役職はバスクには無い。よってここは異国であると察せられる。自分は一体どうやって一晩も経たないうちに異国まで運ばれたのだろう。
 そして名誉警察総監が相当に身分が高いだろうということは分かる。その娘が女官についているということは、ルイナン自体の身分も相当に高いのではないだろうか。
 「どうしたの?」
 「…いいえ…なんでも」
 「まあ目処はついたし、とりあえず白湯でも飲んで、寝る?」
 「寝…!」
 「変な意味じゃないよ、まいったな。…でも俺もここから出るわけにいかないから、分かってくれ。なるべく端で寝るから。あとこれね、俺が先に飲めばいいだろ」
 ルイナンは杯に少し口をつけて白湯を飲み、残りをバディーアに渡した。
 「…変な匂いがするわ。白湯ではないの?」
 「変?ああ、薔薇のこと?香りづけしてあるだけだよ。君のところはしないのか…俺、眠いから寝る。おやすみ」
 言うが早いか、ルイナンは横になって寝てしまった。あっけにとられたバディーアはルイナンの顔を覗き込む。
 「変な人」
 文化がまるで違うようだ。寝る時に飲むものといったら酒ではないのだろうか。
 毒ではないようだし、と思ってバディーアは杯を干す。薔薇の香りとやらがする水は思ったよりも飲みやすく、彼女はあっという間に眠りに落ちた。

神崎 瑠珠 * 王太子とヴァキアンの姫君 * 22:29 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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