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王太子とヴァキアンの姫君 (10)

銀盤の向こうでは、ジャーリスとシャムスエンナハールが安堵していた。

 「― 寝たらしいわね」
 「ともかく、効いて良かったわ」
 さすがのジャーリスも軽く溜息をつく。シャムスエンナハールに持たせたのは、強力な麻酔薬だった。普通では手に入らない、術師や呪い師が持つものである。
 「でもいつ目が覚めるともしれないものね。早々に送り返して頂戴」
 「ほんっとにジンニーア(女魔神)使いが荒いわね」
 「そこまでが命令だったでしょ。今更文句言わないの」
 「はいはい」
 「…あ、待って」
 「何よ」
 今しも宙に溶けようとしていたシャムスエンナハールは、いささか中っ腹な声を出す。ジャーリスは完璧に無視し、もう一度銀盤を覗き込んだ。
 「これだわ」
 「何よ?」
 「見える?あの姫は指輪をしてるわ」
 確かに、バディーアの右手の中指には金色の太い指輪がはまっていた。
 「それが?」
 「あれを抜き取って、ルイナンのどこかの指にはめてから、連れて行って」
 「何か理由があるの?」
 「わたくしは、理由のないことなんかしないわよ」
 にっこりと笑う。女魔神は全くもう、と言いながら後ろ向きにたっぷり10回は宙を舞った後、ルイナンの部屋に向かった。
 

 翌朝。
 ルイナンは頭が重いなと思いながら目覚めた。麻酔薬のせいだったが、勿論本人はそうと気づいていない。
 起きてからしばらくぼーっとする。
 何かやることがあったような。
 たっぷり時間をかけた後思い出した。
 「そうだ!」
 「ダルリーヴ(王太子)!?」
 カーテンの向こうから寝ずの番が声を上げる。
 「何でもない!」
 ルイナンは反射的に怒鳴ってから、慌ててベッドを確認した。
 誰もいない。
 焦ったルイナンはベッドのあちこちを探しまわった。しかし、昨夜確かに居たはずの彼女の姿は、全く見えない。
 「ダルリーヴ?」
 まごまごしていると、カーテンの外から聞き慣れた声がした。ダリアだ。助かった。
 「ダリアのみ中に入れ。他の者は近寄ることを許さぬ。俺が良いというまで、この部屋に誰も入るな。今すぐだ!」
 ルイナンは殆ど勢いだけで言った。寝ずの番をはじめとする奴隷や侍従たちは泡を喰って出て行く。この王太子がこれほど声を荒げたことは未だかつてなかった。
 ダリアも驚きはしたが、ともかく自分のみ残ることを許されたからには何か役目があるのだろうと察してその場に黙って居た。そして、全員がルイナンの部屋から出たことを見届けてから、カーテンの中のルイナンに声をかける。
 「ダルリーヴ。皆、部屋から出ました」
 「…うん。では、入れ」
 「失礼致します」
 ダリアがカーテンをそっと開いて中に入ると、困り果てた表情のルイナンがベッドにちんまりと座っていた。
 「ダリア…俺は悪い夢を見たのかな」
 「どうなさったのですか?」
 「昨日の夜、俺の隣に女の子が寝てたんだけど」
 「は?」
 「起きたら、女の子が横に」
 「…ダルリーヴ…」
 「俺が呼んだんじゃないってば!」
 「そこを疑っているわけではないのですが」
 「じゃあどこを?」
 「お話の根底を」
 「本当なんだってば!」
 「…ともかく、落ち着いて話して下さると助かります」
 ダリアは全く状況がつかめないままルイナンを諭し、彼はともかくも昨夜自分が体験したことを話した。但し、命がかかるので寝ずの番が寝ていたことだけは言わなかったが。
 話が終わると、さすがにダリアは考え込む。
 主を疑いたくはないが、信じろという方が無理な話だ。
 その女性が寝ずの番の目をくぐってルイナンの寝室に忍び込んできたとしたら、それはもう余程凄腕の刺客か、あるいは女魔神かだ。
 一番合理的に説明がつくのが「ルイナンがやけに鮮明な夢をみた」なのだが…。
 そこでふとダリアはルイナンの指に目をやって気づいた。
 「ダルリーヴ、それは…」
 ルイナン自身もそのとき初めて気づいた。彼の薬指には見たこともない指輪がはまっていたのだった。
 「なんだこれ…?」
 「拝見してもよろしいですか?」
 「うん」
 ルイナンがうなずくと、ダリアは彼の手をおしいただく。
 金で出来た指輪だった。見たこともない文字が刻まれていて、よく見るとその隙間隙間に細かく様々な種類の宝石がちりばめられている。真ん中には紋章のような柄があった。
 「翼…の紋でしょうか」
 「そうらしいな。見覚えあるか?」
 「私が知る限りでは…こういう紋を使っている家はありません」
 「なんにせよ、これは俺のじゃない。そしてこれが昨夜の証拠だ。信じてくれるな、ダリア」
 ルイナンの目は真剣だった。ダリアは押し切られるようにうなずくしかない。
 「でも、どうしてこれがダルリーヴのおん指に?」
 「それは俺にも分からないけど…あ、もしかしたら!」
 彼は勢いよくベッドから跳ね起きて走り出す。
 「どちらへ!?」
 「母上のところだ、行くぞ!」

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神崎 瑠珠 * 王太子とヴァキアンの姫君 * 21:47 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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