<< July 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 魔女とロマンスの詩 〜グンデン・ダーリーダの物語(5) | main | 王太子とヴァキアンの姫君 (12) >>

魔女とロマンスの詩 〜グンデン・ダーリーダの物語(6)

2.

 娘たちはそれぞれに散っていった。
 お付きの者と行動することは許されない。その者たちは舞踏会が始まるまで部屋から出られないことになっていた。
 とにかく身なりのいい者に声をかける娘、手当たり次第声をかける娘、己の勘を確かめるようにきょろきょろと見渡す娘、と様々だったが、シンデレラはとりあえず大広間の外に出た、というところだった。
 ―― これはもう…焦ってもどうにもならないんじゃないの?
 変に開き直ったとも言える。
 「会えるときには会えるし、会えないときには会えないわよねえ」
 気が楽になったので、シンデレラは行きたい方に行くことにした。どうせ城の中をみる機会など滅多にないのだ。今日のうちに色々見ておくのも一興ではないか。
 大広間に出て、階段を上る。途中、はしたなくシンデレラの脇を駆け上がっていった娘が何人もいたが、シンデレラは気にせず悠々と登っていった。
 ―― どこまで登ろうかな。
 仮面をつけた衛兵が踊り場ごとにたっていた。勿論、彼らに声をかけている娘たちも居る。
 シンデレラは目もくれない。彼らが王子かどうかというよりも、階段の踊り場を曲がるごとに出会える景色の方が大事だった。
 踊り場には大きな窓があり、外の景色が見える。
 最初は、かがり火の焚かれた城壁があった。上に行けば行くほど城壁と自分の目の高さが近くなっていく。
 その先に何があるのかと想像しただけで、シンデレラの胸は踊った。この時点で、シンデレラは王子探しという目的をすっかり忘れている。


 「グンデン・ダ・リーダ、シンデレラは一体どうしちゃったですか」
 「あらどうしたの、ヴェル?」
 「だってシンデレラがちっとも王子様を探さないじゃないですか。階段を登ってばっかりで!」
 黒い猫はにゃあにゃあと抗議する。
 「そこがいいんじゃないの?」
 「なぜですか。早く王子様を探さないと」
 「そう? むしろ私としてはこの状況で即座に王子探しを忘れて城探検に没頭出来るシンデレラの度胸をほめたいよ?」
 「もう。シンデレラもグンデン・ダ・リーダものんきすぎるのです! 僕は心配ですよ?」
 「まあまあ、焦っても仕方がないのよ。見守りましょうね、ヴェル」
 魔女はふぅふぅと唸る愛猫を、ぎゅっと抱きしめた。


 城壁と自分の目の高さが同じくらいになったところで、大きな階段は途切れた。
 「…あの、この先に階段は?」
 シンデレラは途切れた階段の先に立っていた衛兵に尋ねる。
 勿論仮面をしていたその衛兵はやや面食らったように、階段がこの先の通路の奥にあることを教えてくれた。
 「あの、そっちに行っても何もありませんよ?」
 彼は彼なりに心配になったのか、まっすぐ通路の奥に向かいかけたシンデレラの背に声をかける。
 「あら」
 シンデレラは振り返って微笑んだ。
 「あなたにとってはね。私にとってはあるのよ」
 「それなら…いいんですけれども。王子がそんなところにいるとお思いですか?」
 「ああ、そういえばそんな目的もあったわね。どうも、ありがとう」
 「…」


 通路の奥の階段は実に狭かった。まるで牢屋のようで、踊り場にある窓もうんと小さなものが、シンデレラの背丈より上にしかない。
 「これじゃ、外が見えないじゃないの」
 大いに不満を持ったシンデレラは更に上を目指すことにした。やけを起こしたに近い。
 衛兵もいないのをいいことに、とにかく登れるだけ登ってみることにした。
 そして、一番上の階にたどり着く。意外とすぐについてしまった。そして誰もおらず、バルコニーがあった。
 「素晴らしいわね」
 シンデレラはためらわずにバルコニーに出る。そして息を呑んだ。
 鮮やかな城のかがり火と、ほのかな城下の灯りを下に見る。それは、生まれて初めてシンデレラが味わった夜景だった。
 胸がどきどきする。
 「すごい、すごいわ…」
 「君は、何をしてるの?」
 「きゃあ!」
 感動で心臓がどきどきしているところに、いきなり声をかけられたので声を上げてしまった。
 声の方を向くと、仮面を付けた男が、カンテラと一緒に屋根の上に座っていた。
 「…あなたこそ…」
 「僕? 僕は、ここから景色を見てる。好きなんだ」
 「屋根の上が?」
 「そう」
  ―― 変な人。
 「で、君は何をしに来たの?」
 「何って…」
 シンデレラは少し言葉に詰まった。
 「景色を見に来たのよ」
 「変な人だなあ」
 男は、くすくすと笑った。
 「何よ、それは今私があなたに対して思ったことだわ」
 「…」
 思わず口をついて出たシンデレラの正直な言葉に、男は少なからず吃驚したようだった。
 それから立ち上がり、彼女に手を差し伸べる。
 「こっちへおいでよ。景色を見に来たんだろう?」
 「こっちって…屋根の上?」
 「怖い?」
 「…まさか」
 虚勢だったがきっぱりと言い、シンデレラは差し伸べられた手を取った。
 ドレスがかなり邪魔ではあったが男に引っ張られて屋根に登り、彼が元居た場所に並んで座る。窓枠の上で、そこだけが屋根の上で多少安定した場所だった。先ほどの彼の言葉からも察する通り、彼は屋根の上に相当登り慣れているようだった。
 「どうもありがとう」
 「なんで?」
 「なんでって…ここに引っ張り上げてくれたから」
 「本当に変な人だ。僕にお礼なんて言わなくていいから、景色を見たら? それが見たくてここに来たんじゃないの?」
 そうだった、とシンデレラは思い出した。それにしてもこちらの調子を狂わせる男だ。
 改めて眼下を見下ろす。先ほどとは少し目線が違う。それにしても素晴らしい景色だった。
 「今日は上もいいよ」
 「上?」
 男はにっこりと笑って上を指した。
 雲一つない夜空に、満天の星空があった。
 「うわ!」
 シンデレラはまた声を上げてしまった。
 「すごい…」
 「だろ?」
 若い娘は日が落ちてから外に出るということはあまりない。シンデレラも窓越しに月や星を眺めることはあったが、これほど遮るものがない場所で星空を眺めるというのはほとんど初めての経験と言ってよかった。
 「たどり着いてよかった」
 「それはよかった」
 「あなたはこの景色を見て感動とかしないの?」
 「してるよ。だからここにいる。でも君ほど新鮮な感動はしないんだ」
 「…慣れてるのね」
 「まあ、そうとも言うね」
 シンデレラは奇妙に確信した。この人は王子だ。
 普通に考えたら屋根の上に王子はいない。
 だが、王子…でなければこれほど事も無げにこの景色を見まい。もしくはよほどサボり好きの見張りの兵士か、どちらかだ。
 ―― 案外後者だったりして。
 とは思ったものの、基本的な確信は変わらない。なんとなく育った雰囲気というか、そういったものが兵士とは違うような気がするのだ。自分の勘が完璧に正しいかどうかはともかく、そう思えるものは仕方ない。
 近くで見て分かったが、着ているものも先ほど階段で会った兵士とは違う軍服だ。カンテラも普通のものと比べて、ずいぶんと華奢で美しい装飾が施されている。
 しかし彼女は確信したからと言って、ルールの通りそれ以上の追求は避けた。
 勝手に景色を堪能させていただくわ、とばかりに黙って目を凝らしている。


 「グンデン・ダ・リーダ、シンデレラが男の人と会いました!」
 「…会ったくらいで何を言ってるのよ」
 「ロマンスじゃないのですか?」
 「そこは多分合ってるわね。ロマンスよ」
 「じゃあ、あの男の人は王子ですか!?」
 「さあ、それはどうだろうね? でもシンデレラはもう知ってるみたいだよ」
 「なぜ?」
 「運命の相手は、分かるよ」
 「…?」
 「分かるものよ」
 魔女はどこか懐かしそうに、にやりと笑って愛猫を抱き直す。猫は、にゃあと鳴いた。
神崎 瑠珠 * 魔女とロマンスの詩 * 16:28 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

コメント

コメントする









トラックバック

このページの先頭へ