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王太子とヴァキアンの姫君 (1)

フィオルナの侵攻後、レスト・カーンは実に穏やかな日々を過ごしていた。


 アードはさすがに懲りたのか新たに寵姫を娶ることもなく(水面下ではともかくとして)、正式な妃はソフィーダのみである。そのソフィーダとの間に一男一女が授かり、めでたく長男が王太子になった。ソフィーダの父、現一の大臣リヤド・レギオンとしては、神官になってしまった息子のムスティールを引きずってでも還俗させたい気分でいっぱいであるが、如何せんどうしようもない。
 仕方なく正妻であるアニスとは別の妻との間に生まれた息子を、レギオン家の跡取りとすることにした。遅くにもうけた子供なので、まだ十歳にもなっていない。
 そしてリヤド・レギオンが老齢で一の大臣を退いた後に権力を握ると思われている、というかほぼ確実視されているのは二の大臣ジール・ガリスだった。
 彼ももう三十六歳である。父は策謀で自滅したが、彼にそのような野心はなかった。彼の野心はもっと別のところにあるのだ。
 黙っていても一の大臣の位が手に入るであろう彼には、自薦他薦問わず花嫁候補が殺到したが、未だに妻の一人も娶っていなかった。
 折々、女奴隷とはかない情を交わすことくらいはあるが、妻にはしない。
 帝王であるアードからは、
 「ジールはまだ好き勝手やるつもりなのか?うらやま、いや、早く身を固めろよ。気に入ったのが居ないのなら世話してやるぞ」
 と言われるのだが、
 「そうですね、マジェスティ(帝王)とダルリーヴ(王太子)に依ります。なにしろ、どういうわけだか政務が山積みなのです。片づけばいいのですが」
 こう返されてはアードはぐうの音も出ない。
 そして二の大臣としては一の大臣をたてて円満な関係を保っているので、他の大臣たちも従うしかなかった。
 レスト・カーンは平和の時代に入っていたのである。


 そんな中で王太子ルイナンは実に奔放に育っていた。御前会議をさぼろうとしたことも、むろんこれが初めてではない。
 まだまだ遊びたい年齢だというのもあるが、性格的なものの方が大きかった。
 が、大概はこのようにジールに捕まり、うなだれて歩いていくことになる。
 「ジールは何で俺のいるところが分かるんだ?」
 後宮を出て政務の間に向かいながら、ルイナンは言った。
 「何故でしょうね。勘とでも申しておきましょうか」
 「勘なのか?」
 「そのようなところです」
 実はルイナンが隠れるところがだいたい決まっているからというのが本当のところだったが、それをわざわざ明かす必要はない。
 「姉上も姉上だよな…意地悪だ。かくまっておいて引き渡すんだからな。ケチだなあ」
 「ジャーリス様は悪くありませんよ。ダルリーヴが御前会議をさぼろうとなさらなければ済んだ話ですし、このようにさぼってばかりでは次の御代が危ぶまれます」
 ルイナンはいっそううなだれた。
 「ジール、マジェスティになるのは俺でなければならないのか?」
 「何を仰有るのですか?」
 「俺以外の誰かが帝位に就く可能性はないのか?」
 「マジェスティの直子があなた様とジャーリス様しかいらっしゃらない以上、他の方が帝位に就かれる可能性はありません」
 ジールは、敢えて「あなた様が早世なさるか、帝王が他に御子をもうけられていたら話は別ですが」という言葉を呑み込んだ。それも、別に伝える必要のないことだった。
 「じゃあ、やるしかないのかなあ…」
 どのみちルイナンは王宮の外を見ていないので、帝王になるという人生しか知らないのだ。
 彼はそれきり口を閉ざし、嫌で仕方がない御前会議に向かった。

神崎 瑠珠 * 王太子とヴァキアンの姫君 * 21:48 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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