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魔女とロマンスの詩 〜グンデン・ダーリーダの物語(10)

シンデレラは気が気ではない。なにしろ、継母と継姉たちが近くにいるのだ。
「どうしたのさ」
 「なんでも…ない」
 「ふうん」
 彼女の落ち着かない雰囲気を感じたのか、男はふと手を取って連れ出した。
 広間を抜け、バルコニーに出る。
 正直助かったと思った。
 「誰か気になる人でも居た?」
 「ある意味ね」
 「じゃあ、もう戻らないでここに居よう」
 そう言った口調が少し気になった。
 「…なんで怒ってるの?」
 「だって、気になる人が居たんだろ?」
 「そういう意味じゃないわよ」
 「なんだ」
 「あなたって強引なくせに、変なところを気にするのね」
 「君のことだから」
 
 それから数曲が終わり、いよいよ舞踏会も終焉に近づいてきていた。
 シンデレラと男は、全く踊っていなかった。ずっと話していたのだ。好きな花、景色、嫌いな虫、得意なこと。無いように見えて、話題は尽きなかった。話しているだけで楽しかったのだ。そして、誰も見ていないのをいいことにたまにキスをしたりしていて、全くふしだらな二人だった。
 いつまでも話していたいとシンデレラは思った。そんな気持ちになったのも初めてだった。今日は初めてのことばかりが起こる日だ。
 「どうしたの、ぼんやりして」
 「ううん、別に」
 「嘘だ。どうかした?」
 「やあね。ただ…今日は初めてのことばかりが起こる日だと思って」
 「僕も、そうかもしれない」
 「そうなの?」
 「うん。舞踏会に出てよかったと思ったのは今日が初めてだ。あと、こんなに長く一人の女の子と話したことも、そういえばなかった」
 ―― 短く、ならたくさんあるのね。
 シンデレラは軽い嫉妬を覚えて胸がうずいた。そんなことも初めてだった。
 「さて、どうする?」
 「何が?」
 「君は家を出たいのでしょう。舞踏会が終わったら、僕のところに来てくれるってことでいいのかなあ」
 「それは、あなたがどこの誰だか分かってからでもいいんじゃないの」
 「そんな悠長な」
 「だって、具体的な話が出来ないんじゃしょうがないじゃないの」
 「…なんというリアリストだ。面白いなあ、君は」
 「あなたの足が地に着いてなさすぎるんじゃないかしら」
 「そうかなあ。じゃあ、もう名乗ってしまうのはどうだろう」
 「それは駄目なんでしょ」
 「誰も見てないから分からないと思うけど」
 「駄目よ」
 つまんないなあ、と男はむくれた。
 シンデレラは名乗り名乗られたい誘惑にかられないこともなかったが、その反面怖くもあった。
 もしかしたら、今こうやっているのは一時の感情なのかもしれない。
 明日になったら夢のように消えているかもしれないのだ。自分の想いも、相手の想いも。
 どうしよう、と考えていると城の時計台の鐘が鳴った。
 はっと我に返る。
 「今、何時!?」
 「どうしたのいきなり。そろそろ日付が変わるくらいじゃないかな」
 「大変!」
 シンデレラは魔女の言葉を覚えていた。12時になったら残るのは靴だけで、あとは全て消えてしまうのだ。
 「時間がないの。帰るわ」
 唐突に走り出したシンデレラに、男は少なからず吃驚した。
 「ちょ、ちょっと待って」
 だがシンデレラは男の静止を聞いている暇はなかった。とにかく大広間に戻り、階段を目指す。
 ドレスの波が邪魔だ。色んな人にぶつかりながらも、謝る暇すらない。そしてシンデレラ自身のドレスも邪魔だった。走る、という行為にこれほど向いていない衣服もない。忌々しさに舌打ちしながらシンデレラはとにかく出口に向かって走った。
 「待って、待って!」
 男が追いかけてくる声が聞こえたが、待つ余裕はない。ようやっと大広間の入り口までたどり着いた。もう邪魔なドレスの波はない。シンデレラは一気呵成に階段を目指し、上品さをかなぐり捨てて駆け降りようとする。
 「待って!」
 不意に後ろから抱きしめられた。やはりドレスと軍服では勝負にならなかったのだ。
 「どうしたの、急に」
 「離して、本当に時間がないのよ」
 「嫌だ」
 男はシンデレラをきつく抱きしめ、熱く深いキスをした。
 シンデレラは焦りながらも抗えない自分を感じ、ふと思いついた。
 隙を見てさっと体を離し、5段ほど距離をとる。
 「今は…今は本当に駄目なの」
 「どういうことなのさ」
 「だから、捜して。お願い」
 ―― また会えたら、そのときは。そのときは、もう離れないから。捜して。
 「…」
 「好きよ」
 今度こそ、シンデレラは一気に階段を駆け下りた。
 ―― ガラスの靴を右片方だけ、後に残して。


 「グンデン・ダ・リーダ、シンデレラは間に合うでしょうか!?」
 我がことのように焦る黒猫をあやしながら、翠色の魔女は悠然と答えた。
 「間に合うわよ。ま、城門くらいまではね」
 「ええっ」
 「運が良かったわね。12時の鐘は回数が多いから。これが1時の鐘だったらあの瞬間おじゃんよ」
 「でも、城門から歩いて帰らないといけないじゃないですか」
 「まあそれはそうだけど…。いいえ、あれはいいタイミングだったわ。しかもガラスの靴を片方だけ残していくなんて、シンデレラもやるわねえ」
 「でもシンデレラは名乗ってないですよ? あの男の人だって王子様かどうかわからないじゃないですか」
 「そこもいいところよ。だからロマンスなんじゃないの」


 グンデン・ダ・リーダの予想通り、魔法は城門を出たしばらくのところで切れた。
 気がつけばシンデレラは元のボロ服をまとって、道ばたに倒れていたのだ。
 傍にはかぼちゃが転がっていた。ネズミと蜥蜴はどこかへ行ったようだった。
 「…」
 シンデレラは体を起こし、家の方に向かおうとして靴に気づいた。
 ガラスの靴が、左足にだけ残っている。
 「そっか…」
 自分がした大きな賭けを思い出し、しばらく足下を見つめた後、彼女はその靴を脱いでエプロンのポケットに入れ、家に向かって歩き始めた。

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神崎 瑠珠 * 魔女とロマンスの詩 * 22:31 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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