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魔女とロマンスの詩 〜グンデン・ダーリーダの物語(14)

 3階の高さから落ちたのである。普通なら落ちて終わりだ。
 しかし猫を抱いたシンデレラはふわりと宙に舞った。
 ゆっくりゆっくりと、舞い降りるように地面に向かう。片手で慌ててスカートをおさえた。
 「きゃあ!」
 継姉たちの悲鳴が聞こえた。
 「ほら、ね! グンデン・ダ・リーダはちゃんと見てたです!」
 「…底意地の悪い魔女だね」
 シンデレラは軽口を叩きながら、王子の一行を見据えた。
 真ん中に王子がいる。
 悲鳴を聞きつけたのか門番も王子の従者たちも皆があっけにとられてこちらを見る中、王子が叫んだ。
 「シンデレラ!」
 「えっ…?」
 名前は教えていないはずなのに。
 とっさに返事が出来ないでいると、王子はうまく門番をすり抜けて走ってきた。
 王子が着くと同時に、まるで図ったかのようにシンデレラとヴェルニーヤは地面に柔らかく降りる。
 「やあ。違った? ひょっとして僕はとんでもない間違いを犯した?」
 王子はにっこりと笑った。一昨日の夜と全く変わらない笑顔だ。
 「…合ってるわ」
 かろうじてシンデレラはそう答えた。
 「じゃあ何で返事してくれなかったの」
 「なんでって…どうして私の名前知ってるのよ」
 「秘密」
 「秘密…って」
 「それにしても、居てくれてよかった。留守だったらどうしようかと思った。もうあんまり時間もないし。とりあえずさ、家を用意したから一緒に帰らない?」
 「…待って。待ってよ」
 外堀を埋められている感じがしつつ、シンデレラは無意識に腕の中の子猫をぎゅっと抱きしめ、深呼吸をしてから王子を睨みつけて言った。
 「…名前も知らない人と一緒には、帰れません」
 「そのとおりです!」
 ちょっと苦しくなったヴェルニーヤだったが、シンデレラにあわせてニャアニャアと抗議する。その途端、ふっと彼女の腕からその姿が消えた。
 「あれ? 今、君、子猫抱いてなかった?」
 王子は怪訝そうな顔をする。シンデレラはびっくりしたものの、すぐに分かった。
 ―― 魔女ね。


 黒い子猫ヴェルニーヤは、翠色の魔女の手の中に帰ってきていた。
 「こら、ヴェル。あそこであなたが喋っちゃだめでしょ」
 「だって、グンデン・ダ・リーダ!」
 「んもう。これだから子猫は。黙って見ておいで。これこそ、私が見たかったロマンスだわ」
 魔女はうっとりと見つめている。


 「気のせいよ。それより、私の質問への答えは?」
 「そうだった、って思い出した。僕の名前はエドワード」
 「エドワード………」
 なにかの欠片が嵌まったような、不思議な感覚を覚える。
 「…平凡な名前だと思ってるだろう」
 「違う、そうじゃなくて…いい名前だと思うわ」
 「よかった。じゃあ、一緒に帰ろうよ」
 「帰ろうよ、って…お城に?」
 「まあ、家に」
 「家がお城なんでしょ?」
 「そうとも言う」
 「あなた、王子様なのよね?」
 「今の肩書きはね。これで、『どこの誰だか』は分かっただろう? 僕のところに来てくれる?」
 シンデレラはまた一度深呼吸をした。まっすぐに王子を、エドワードを見る。
 「………ばかじゃないの」
 「君にそう言われるのは2回目だな。今度は、なにが?」
 エドワードは相変わらず少し笑っていた。
 その笑顔を見ると、怒りとも哀しみともつかない感情があふれ、シンデレラの目から涙が出た。
 「どうして泣くの」
 「…ないからよ」
 「何が」
 「私は。私は、見ての通り、本当はこんなボロを着て、お継母さんやお継姉さんたちにこきつかわれて、お父さんは仕事で私のことなんて見向きもしてくれない、そんなところで育ってきた女の子で、あなたにあげられるものなんて、何も、なんにもないよ!」
 血を吐くような思いで言った言葉に対して、エドワードが返したのはたったひとことだった。
 「そんなことか」
 「そんなこと、って…!」
 「だって君は、僕に何をあげられたら満足するのさ?」
 「何を…」
 はっと胸をつかれた。
 そう言われると返す言葉がなかった。
 「さっき君は、僕が君の名前を知ってたのはどうしてかって聞いたね。秘密にするつもりだったけど、教えてあげる。
 君が王都に住んでるんじゃないのかなってのはなんとなく分かったんだ。だって遠くから来た人が、城下町を見ながら『家を出る』っていう言い方はしないんじゃないかと思って。遠くから来た人だったら『帰りたくない』って言うんじゃないかと思ったんだ。
 だから君の家は王都に絞った。
 それから、失礼ながら君は今あまり家で優遇されてないんじゃないかとも思った。僕が言うのも変だけど、世間知らずのお嬢さんが思いつきで『家を出る』って言うのとは違う気がしたから。でも育ちが悪そうにも見えなかった。
 以上を総合すると、『王都に住んでいて、それなりに裕福な家にいるけれども今はちょっと冷遇されている人』だってことになる。これでかなり絞れたと僕は思った。王都を封鎖したのは万が一君が王都に住んでいなかったらってことに対する保険と、どちらかと言えば君が本気で逃げるのを防ぐ為だった。本当は3日くらい封鎖したかったけど、父上が折れてくれなくてね。まあ、2日貰えてここまで絞れていればなんとかなるとは思ったけど。
 あとは色々手の者も使って、その条件に合う人を捜した」
 なんという王子だ。シンデレラは殆ど感心した。
 「そしたら、結構すぐに君が浮かび上がってきたよ。君は、評判が良いんだね」
 「………誰に聞いたのよ」
 「市場の人たちとか、ここの近所の人たちとか。君のお父さんの友達も居たみたいだけど。墓守から、君がしょっちゅうお母さんのお墓参りに来るっていう情報も聞いたよ」
 「そんなことまで!」
 「だって、2日の間に君を見つけなきゃいけなかったんだから、調べられることは調べないといけないじゃないか。そのおかげで昨日は『そんな娘はいない』ってしらばっくれられたけど、確かにここに違いないっていうことも分かったことだし。君がどういう人かっていうのもそれなりに分かった」
 「どういう人だっていうのよ」
 「綺麗なだけじゃなくて、やさしくて、しっかり者で、賢い」
 頬がかあっと熱くなる。どうしてこの王子はそんなことを平気な顔で言えるんだろう。
 「それは、言いすぎよ」
 「僕一人がそう思っているならともかく、周りの人がだいたいそう言うんだから、合ってるんじゃない? 僕が一昨日君から受けた印象もそうだったし。
 僕はそういう君が欲しくて、迎えにきた。
 第一、『捜して』って言ったのは君じゃないか。そろそろ降参してくれないかな」
 「そうだけど、そうだけど………」
 上手く言葉にならなかった。嬉しいのと気恥ずかしいのと、少し恐ろしいのもあってシンデレラはどうも落ち着かなかったのだ。
 そして、うかうかと迷っているうちに、
 「王子様!」
 どたばたと音がした。ご苦労なことに、3階から継母と継姉たちが降りてきたのだ。
 「どうかお引き取り下さい。その娘は、王子様がお相手になさるような者ではございません。何かの勘違いでしょう」
 継母は精一杯落ち着いて言い、継姉たちは珍しくぎゃあぎゃあ騒がずにそうだそうだとうなずくだけだったが、王子は微動だにしなかった。
 心得たもので、さっと従者が継母たちと王子との間に入っていた。手は既に腰の剣にかかっている。
 「許可無く殿下に声をかけないでいただこう」
 「…」
 さすがの継母もひるんだ。継姉たちに至っては腰がぬけている。
 「まあまあ、そんな剣呑なことではよくない。そう、確かに勘違いという可能性がまだ残ってはいるね。
 そういえば、僕は彼女の忘れ物を届けに来たんだ」
 王子の言葉に従者はうなずき、別の従者に目で合図した。
 恭しく運ばれてきた箱が、継母たちとシンデレラの前で開けられる。
 ビロードのクッションにくるまり、収まっていたのは勿論片方だけのガラスの靴。
 箱はそのままシンデレラの足下に置かれた。
 「どうぞ、お試し下さいませ。お嬢様」
 従者が言った。
 シンデレラはエドワードを一度見る。
 これを履く前に、言うことがあった。
 「王子様」
 「エドワードでいいよ」
 「じゃあ、エドワード」
 「何?」
 「…後悔しても、知らないわよ」
 「しないから大丈夫」
 決めた。
 シンデレラは静かにその靴に足を入れる。
 「ぴったりだ!」
 従者が声を上げ、エドワードは満足そうにうなずいた。
 「たまたまです!」
 「嘘です!」
 「そう、その子は無理をしているのです。靴が合うふりなど、その子にとっては簡単な嘘で」
 継母と継姉たちは悲鳴のような声で口々に言う。継姉たちはともかく、継母のそんな声は初めて聞いたなとシンデレラは思いながら、にっこりと笑ってみせた。
 靴を履いたまま右足を上げ、ビロードのクッションから地面に下ろす。靴はぴったりとついてくる。
 更にシンデレラはゆっくりとエプロンのポケットから、もう片方の靴を取り出した。
 「!」
 継母たちは声も出ない。
 シンデレラはその靴を地面に置き、履く前にエドワードをもう一度振り返った。
 「…好きよ。連れて行って」
 彼の返事を待たず、彼女は靴を履く。そして履いた途端シンデレラのボロ姿は、一昨日よりも更に豪華なドレス姿に変わる。
  ―― 魔女ったら!
 一応はそう思ったが、シンデレラは笑顔になる。やはり、綺麗な自分は嬉しい。
 「勿論!」
 エドワードはちっとも迷わずに答え、彼女を抱きしめた。
 

 至上の魔女と黒猫は、その様をうっとりと見ていた。
 「うわぁ、シンデレラ…! 素敵、素敵です!」
 「ロマンスよねえ」
 「これがロマンスですか」
 「そうよ。シンデレラも王子様も、頑張ったわね。私がしたのはほんの小さな手助けだけ」
 「ふむ」
 小さな黒猫は喉をごろごろとさせ、しっぽをゆらせる。
 「なあに、ヴェル」
 「シンデレラと王子様は、これからずっと幸せですか?」
 魔女はその翠の瞳を一度だけ瞬かせてから、笑った。
 「勿論。ロマンスだからね」
 「それなら、それならよかったです! ロマンスは素敵です!」
 「でも、分からないけどね」
 「ええっ」
  ヴェルニーヤはびっくりした。まったくこの魔女は心臓に悪い人だ。
 「そこもロマンスの素敵なところよ。
 とりあえず一区切りしたんですもの。これから2人で新しいロマンスを作っていけるかは2人次第だわ。見守ってゆきましょ。ね?」
 「はいっ」
 ずっとずっと、シンデレラと王子様のロマンスが続いてゆきますように。
 ヴェルニーヤはそう願いながら、満足してひとつニャアと鳴いた。


 魔女とロマンスの詩 〜グンデン・ダ・リーダの物語   完〜

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神崎 瑠珠 * 魔女とロマンスの詩 * 22:32 * comments(2) * trackbacks(0) * - -

コメント

やっぱり王子様にも努力していただかないとね!
この努力、歓迎されるのは「好きな相手」に限るけど(苦笑)。
素敵なお話、ありがとう♪
Comment by あり @ 2012/09/26 10:50 AM
おー、読んで下さってありがとうです!
どうしようもなく時間がかかってしまって申し訳ない。
出来てるんだからさっさと載っけろよという話です(汗)。
これが終わったから、「王太子」の方もなんとかせにゃー。

この王子はなかなかいい性格をしていて、結構好きです。
そうだな、この努力を好きな相手以外がしたら…ストーカーだな…って今気づきました。
テヘ。
Comment by かんざき @ 2012/09/27 12:01 AM
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