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夕暮れからの道程(6)

日はもうだいぶ傾いていて、北海道の長い夕焼けもそろそろ終わろうとしていた。
 風も少しずつ冷たくなってきている。
 「そうかあ。隠してたつもりだったけど、美瑛ちゃんにはバレちゃってたか」
 言いながらきららはほっとしていた。
 「隠してると思わなかった」
 「美瑛ちゃんは、見てないようで見てるよね」
 「…」
 「あの時のダービーでさ。美瑛ちゃんがシオンスピードだけじゃなくてもっと長い目で競馬を見ようとしてるのが分かって。あたしが何をやれるのかとか、色々考えた。自分の将来を考えたのって、あの時が初めてだったと思う。美瑛ちゃんの役に立ちたいって思った。でも、あたしが今更ツジドウを継ぐのは無理だし」
 きららには兄が2人居て、一人は既にもう壮太の右腕だった。
 「そうしたらあたしに出来ることは競馬ファンを増やすことかなって思ったの。それも途方もない夢だけど」
 「だから東京に出たんだ」
 「うん。…そうでもなきゃ美瑛ちゃんと離れるはずない」
 風がまたさあっと揺れた。牧草がそよぐ音がする。
 しばらくの後、残り少ない夕日に向かって、溶かすようにきららは呟いた。
 「でも、間に合わないかもしれない」
 「何が?」
 「あたしがもっと大人になって、馬主になれるような男を捕まえられるまでに、日本の競馬は廃れちゃうかもしれない。間に合わないかもしれない。怖いよ、美瑛ちゃん」
 不安を口にしたら、涙も一緒に出てきた。
 「…ツジドウが危ないの?」
 やっぱり冷静な美瑛の問いに、きららは一瞬びくっと肩を震わせたが、小さくこくりとうなずいた。
 「パパのとこじゃなくて…下のお兄ちゃんのところ。ツジドウの分場だけど、もうそろそろたたむって…。内緒だけど…」
 中央競馬の売上は、毎年少しずつだが下がってきている。地方はもっと顕著で、赤字のために閉鎖する競馬場もあった。不景気のせいもあったが、競馬より面白いものがあちこちに出来てきていて、娯楽が分散しているというのもあった。原因がぼんやりとしている以上、効果的な打開策もまた難しかった。
 「夏休みになったらすぐ帰ってきたかったけど、そういうことでうちが落ち着いてなかったから。
 会いたかった。美瑛ちゃんに会いたかった」
 美瑛はしばらく黙っていたが、つと立ち上がった。
 「美瑛ちゃん…?」
 「あのさ。今世界中にいるサラブレッドは、祖先をたどっていくとたった3頭の馬に行き着くじゃない。覚えてる?」
 きららはうなずいた。
 「ダーレー・アラビアン。ゴドルフィン・アラビアン。バイアリー・ターク」
 「そう。やっぱりよく勉強してる」
 「このくらい、一般ファンだって知ってるよ」
 実際、サラブレッドに関わる者なら誰もが知っている有名な話だ。サラブレッドは血統が命だから、世界中に居る全てのサラブレッドは祖先がはっきりと分かっている。そして、きららが言ったたった3頭に行き着くのだ。
 「3頭から始まったんだから、また3頭になっちゃう日が来るかもしれないよ。そうなってもおかしくないよ」
 「極端だなあ…」
 「きららの言うことの方が極端だよ。
 だけどまだ、日本だけでも毎年7、8千頭のサラブレッドが生まれてる。世界中では何万頭かわからないけど、まあまだ大丈夫だと思う。いつか3頭になっちゃうかもしれないけど、私がその時まだ生きていたとしたら、その3頭のうちのどれかを育ててるし、3頭になってしまうまでにやっぱり毎年ダービーはあるだろうから、大丈夫」
 シオンスピードはあれから7歳の秋まで走った。そこそこに走る馬ではあったが、G鵯タイトルには手が届かず、種牡馬にはなれないで終わった。それから、結城牧場からダービーに出た馬はいない。
 それでも美瑛は諦めていないのだ。
 夕日に向かう美瑛の横顔は、やっぱり今までで見た横顔のうち誰よりも綺麗だときららは思った。
 私はこの美瑛ちゃんの横顔に惹かれて、今ここに居る。
 「ま、だからそう心配せずに…あと、馬主になれる男を捜すより、自分が馬主になる方法を考える方が建設的でないかい?」
 「― 美瑛ちゃんの意地悪」
 きららも立ち上がり、美瑛にぎゅっと抱きつく。言っていることとやっていることが全く逆だ。
 「ま、もう日が暮れたから帰ろう。車、どしたの」
 「うちの牧場の人に頼んで空港から直に連れてきてもらったから、ないよ」
 「じゃあ送っていくか…」
 「わあい」
 2人の少女は帰途につく。
 その背中を、残り陽がそっと照らしていた。

 ― 終


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神崎 瑠珠 * 夕暮れからの道程 * 22:25 * comments(2) * trackbacks(0) * - -

コメント

美瑛ちゃん、男前!(><)
これは惚れちゃいますね♪
JRAサイトの「ダービースペシャル出馬表」の気合い入りっぷりをみる限り(笑)、少なくとも私の生きてるうちに競馬が滅びることはない、気がします。

素敵なお話、ありがとう!
Comment by あり @ 2014/06/01 11:13 AM
ありがとうございまーす!
美瑛は男前…男前か、確かにそうかも(笑)。
私が想定したモデルはちゃんといるのですが、あとがきに書きますね。

うん、まだまだ競馬は滅びないで欲しいです。
命を繋いで行って欲しいです。応援するぞー!

読んでくれてありがとう!
Comment by かんざき @ 2014/06/01 9:58 PM
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