<< June 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 夕暮れからの道程(あとがき) | main | 幸せの繋がり(2) >>

幸せの繋がり(1)

(四人の王女の二番目、ル・マリア・アイルーイの外伝です。
本編はこちら。古い…。)

 アイルーイの第二王女ル・マリア・アイルーイがクスコに嫁いで10年。
 彼女は25歳に、そして夫であるセルジオは21歳になっていた。
 側近たちが焦れに焦れ、待ちに待った知らせはその時やっと訪れたのである。
 王太子妃マリア、懐妊。


1.
 マリアの懐妊については、潔いほどすぐに発表された。
 発表しない理由がない。悪阻等でマリアが公の場に姿を現さなくなれば当然噂にもなる。いつもは常にセルジオと一緒に居るとならばなおさらだ。
 「マリアが落ち着くまで少し内緒にしてもよかったんだけどね。でも少し政治的な意図も絡むので、すまない」
 メルメ1世はそう謝った。
 なにしろ強国アイルーイとの繋がりを欲して迎えた王太子妃である。本当はもっと早くにこの知らせが欲しかったところだ。前王国サゼスの残党も目立ってはいないもののちらほらと動き、北には好戦的なレストカも控えている。第一まだクスコは出来てからそう時間が経っている国ではない。側近たちの中には「とにかくお世継ぎを」ということで、無理矢理妾妃をいれようと画策している者もいたくらいだ。
 ともかく待ちに待った知らせが来たことで、国中喜びに沸き返っている。


 そんな中、いつものお茶の時間。
 マリアは気分がすぐれないので自室で休んでいた。
 よって、テラスでお茶を飲んでいたのはメルメ1世とセルジオ王子のみである。
 20歳を過ぎたセルジオは、少年の域をとっくに脱して青年の域にたどり着き、王太子としての修行を積み続けていた。本格的に政治にも参加し、メルメ1世も数年後の譲位を視野に入れ始めていたところである。
 「やはり、マリアがいないと花がないな」
 「男2人で茶を飲むというのも味気ないですね。でも、無理矢理呼ぶのもこちらから行くのも可哀想でしょう」
 銀髪をさらりと揺らし、セルジオは紅茶を口にした。
 「そうなんだが。体調が安定するにはもう少し時間がかかるだろうな。こればかりは仕方ないか…。ま、とにかくおめでとう。よかったな」
 「ありがとうございます」
 「…お前、もう少し喜んだらどうだ。何故そんなに淡白なんだ?」
 「別にマリアが良ければそれでいいのですが。正直なところ、少し複雑でもあります」
 「何でだ」
 「実感がないとかそういうこともありますが、単純に心配でもあるのです」
 「何が」
 セルジオは少し言いよどむ。それでメルメ1世には分かった。
 「…ネーナか」
 セルジオの母ネーナは、彼を産んだ10日後に亡くなった。彼のせいではないが、出産が原因であることは明らかだった。
 果たしてセルジオは少しうなだれた。
 「父上は、僕が生まれることで母上を亡くすとは思っていなかったでしょう?」
 「まあ、そうだな」
 「でも僕は…その可能性を考えずにはいられないのです」
 「なるほどね」
 メルメ1世は軽く溜息をついた。相変わらず夫婦仲がよくてよいことではあったが、こいつはそのせいで今まで意図的に子供を作らなかったのではないのだろうか、といささか邪推もした。
 しかしそのメルメ1世も、次の真剣な質問をするにはかなりの勇気を必要とした。
 「セルジオ。お前は自分が生まれてこなければよかったと思ったことはあるか?」
 「いいえ」
 セルジオは驚いた顔をして父を見る。その見開いた目と銀色の髪は、やはりネーナにそっくりだった。メルメ1世は少し笑う。
 「そうか。それなら良かった」


 悪阻の時期には、マリアは一人でやすむことにしていた。実利上としては懐妊している以上、セルジオと同衾する理由がない。また、夜中に突然気分が悪くなることもあり、マリアの方が遠慮したのだ。
 だが、セルジオは寝る前に必ずマリアの寝室を訪れる。
 今日もそうだった。
 マリアはベッドから半身を起こした状態でセルジオを迎える。
 セルジオはベッドの端に腰掛けて、マリアの頬から髪を撫でた。
 25歳になったマリアはますます美しい。しかし今は少し頬がやつれていた。
 「気分は?」
 「少しは…」
 「正直に言っていいよ。悪いんだね」
 「日によって…少しずつ違うようです。良くなったと思ったらまた悪くなったり。病気ではないので外に出た方がよいとは聞きますし、食べなければいけないというのも、分かるのですけれども…」
 「無理しなくていい。マリアは自分のことを責め過ぎだよ」
 「…ごめんなさい」
 「時期がきたらおさまるそうだし。ね」
 「セルジオ様…」
 マリアはそっとセルジオの肩に頭をもたせかけた。
 「お父様は、不愉快に思ってらっしゃらないでしょうか」
 「何を?」
 「私、お茶の時間もずっと顔を出しておりませんもの」
 「そんなこと気にしてないよ。変に心配症になったなあ」
 「だって」
 マリアは心の中に浮かぶ漠然とした不安を、セルジオに上手く伝えられないでいた。
 「どうしたの」
 「…」
 「何でもないわけない」
 セルジオは先手を打った。マリアは驚いた顔をしてセルジオを見る。
 猫のようなその瞳は、嫁いできたときそのままの印象だった。
 「僕は男だからよく分からないし、まわりからは気を遣いすぎない方がいいと言われているし、マリアが言いたくないなら聞かないけど、今マリアが何でもないってわけじゃないことくらいは分かるよ」
 少しの後。
 マリアは、ぽろっと涙をこぼしてセルジオに抱きついた。
 セルジオは黙ってマリアの背中を優しく撫でる。
 「…セルジオ様。そうしていただくと余計気分が悪くなります…」
 「ご、ごめん。動かさないならいいかな」
 「はい」
 あらためてセルジオは優しくマリアを抱きしめて、囁いた。
 「よかった」
 「何が?」
 「マリアが、嫌なことを嫌って言えた」
 「…!」
 「最近ずっと遠慮がちなことばっかり言ってたから。悪いと思わなくていいんだよ。マリアのせいじゃない」
 言葉が心を開くのを、マリアは感じた。
 「…怖いのです」
 「うん」
 「無事に生んであげられるのかどうかも、育てられるのかどうかも。お母様はこんなときどうしてらっしゃったとか、聞いていなかったから…。お便りは出したのですけれども」
 アイルーイからクスコまでは遠い。懐妊の知らせは早急に届けられたが、マリアの母(アイルーイ妾妃アニエス)との私信となると、そう早く届くものではないだろう。
 もっともアニエスは今実家の裕福な商家に帰っており、その財力を使えば私信といえど早急に届けられることもあるいは可能かもしれない。ただ、あてには出来なかった。
 「それに、もし」
 次の言葉を、マリアは言いよどんだ。セルジオはそれで、マリアが自分と同じことを考えていたことが分かった。
 「…ごめんなさい」
 小さく言って、マリアはまた悲しい涙をこぼす。セルジオはマリアの頭をもう一度撫で、「もう遅いから、おやすみ」とだけ言って立ち上がった。

次→ 
神崎 瑠珠 * 幸せの繋がり * 22:33 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

コメント

コメントする









トラックバック

このページの先頭へ