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幸せの繋がり(3)

3.
 建国直後のクスコは、とても忙しかった。
前王朝サゼスの王の首魁をあげたのはフェバート ―― 後のメルメ1世 ―― ではなく、仲間の一人であるハイト・サッカルーだった。彼は進んで汚れ役を引き受け、フェバートをたてたのだ。
 「…っていうと聞こえがいいけど、あいつは自分が王になりたくなかっただけだ。よりによって俺に押しつけたんだよ。酷いやつだ」
 「それもいいじゃない。汚れ役を引き受けてくれる友達がいてくれただけでも」
 椅子に反対向きに座って背もたれにかじりつくフェバートを、ネーナは向かいの椅子で洗濯物をたたみながら言葉であやした。
 「そうだけど、タイミングってものがあるから。いきなりぶっ殺すからびっくりした」
 「でもあとは殺さずにいたじゃない」
 一罰百戒。フェバートの下した決断はそれだった。佞臣たちはともかく、残りのサゼス王家の者たちは殺さずに、従えた。結果的に正解だった。
 新しい王都セステアに動いたのも先日のことだし、城に至っては全王朝の貴族の別荘をそのまま使用している有様だ。もっとも城についてはこのままでいいかとフェバートは思っている。建て直す金も惜しいし、居心地も悪くない。少し手を入れているところなので、今フェバートとネーナが暮らしているのはその敷地の一角にある仮住まいではあったが。もう少しで手直しが終わるので、それが終わると同時に入居及びフェバートの戴冠式が予定されていた。
 「…そうだけど」
 「如何に自分が恵まれてるか分かったでしょ?」
 「ネーナさんが言うと、何でも良いように聞こえる」
 「それがあたしの取り柄だから。もうすぐこの子も出てくるしねー」
 ネーナの腹は、もういつ産まれてもおかしくないほど大きくなっていた。
 「俺が王様になって、本当にいいの?俺、多分今よりもっと忙しくなるから、子育てとか手伝う自信ないよ」
 「男の人が何言ってんだか。平気ですー。っていうか今までだって何をしてくれたわけじゃないでしょ。お茶の一杯も飲める時間のないような生活じゃ意味ないけど、それを忘れなきゃいいんじゃない?」
 「俺が居なくても平気みたいだ」
 フェバートはますます深く椅子にかじりつく。ネーナは笑ってフェバートの向かいに立った。
 「それとこれとは違うでしょ。あなたにくっついて来たおかげで色々知り合いも出来たし、あたしは別に独りぼっちで泣いたりしてませんよ、ってこと。何をしてもらおうとも思ってないし。居てくれればいいよ。この子もいるしね」
 「うーん」
 フェバートはネーナの腹を撫でた。
 「…実は未だに実感がない」
 「何を呑気な!」
 「だってネーナは腹の中にいるから嫌でも実感するだろうけど、俺はなんか、こう…。ネーナが日に日に腹だけ太っていくなぁって思うくらいで…」
 「失礼ね!」
 ネーナはぽかりとフェバートの頭を叩く。
 「んもう!とにかくこの子はもうすぐ出てきて、あなたは王様になるわけだから、まあ自動的に王子様だか王女様だかになって、食うに困ることはなくなるわけでしょ。それでいいわよ。出て来たら、いやでもあなたは実感するんだろうし」 
 「…俺、本当は世襲にしなくてもいいと思ってるんだけど」
 「あなたのお仲間はそんなこと許してくれるのーぅ?」
 「…多分、許してくれない」
 そこもフェバートが王に担ぎ上げられた一因だった。建国とほぼ同時期に第一子が生まれる。新しい国にはとにかく喜ばしいことが必要だ。そして、王朝を開いたからには続けていかなくてはならない。要するに、ちょうどいいのだ。
 「よかったね」
 またネーナは笑う。彼女が笑うと、フェバートは心が明るくなった。こんな女と結婚出来た自分は、本当に幸せだ。
 はは、と一緒に笑い、フェバートは座ったままゆるくネーナを抱きしめ、額を彼女の腹に当てた。
 「…痛い」
 しばらくの後、ネーナが割と真剣な声で言う。
 「あ、ごめん」
 ゆるく抱きしめたつもりだったが、やはり椅子の背もたれに当たって痛かっただろうか。フェバートは慌てて手を離す。
 「違う」
 「…え?」
 「痛…!」
 「ネーナ!?」


 ネーナの腹の痛みは、やはり陣痛だった。産婆を呼ぶとあっという間にフェバートは追い出され、ネーナの部屋は産婆及び彼女の友達やフェバートの友人の奥方ばかりになり、居間にはフェバート以下革命の仲間たちという男連中が情けない面を下げるばかりになった。
 「うーん…」
 「どうした、フェバート」
 真っ先に駆けつけたハイトが笑い飛ばす。彼の奥方、シュレインはネーナの部屋だった。
 「どうもこうも…実感が」
 「まあそうだろうな」
 ハイトにはもうティレックとシードルという2人の息子がいるので、慣れたものだった。
 「まあ、生まれりゃ嫌でも実感するさ。男だといいな」
 「…どっちでもいいさ」
 「そりゃそうだ。ネーナはまだ若いから何人だって産めるさ。しかし男にこしたことはない。名前はもう決めてあるのか?」
 「…一応」
 「なんだ。そういうことは早く言え」
 「どうして」
 「生まれた途端国中に宣伝しなきゃならないだろ」
 「…お前はそういうことばっかり…」
 フェバートは溜息をつく。ハイトは意気揚々としていた。今の彼にとってはこの革命を成功させるということ自体が使命のようなものだった。 ―― もっとも、それは生涯続くこととなったが。
 「で、何なんだ」
 「男だったら…」
 フェバートが言いかけた途端、産声が響く。
 生まれたのは、王子だった。


 セルジオと名付けられたその男子の誕生に、皆が沸き返る。前王朝サゼス生き残りの王族からも、媚びへつらうように祝いの品が届けられた。
 フェバートは初めて生まれたばかりの子供を抱いた。まだ顔の造作もはっきりしていなかったが、皆がネーナに似ていると言った。髪は、銀色だった。
 こんなにも重いものかと思った。重量がという意味ではなく、存在がだ。
 自分とネーナの血を受け継いだ子供。やっとそれが形となってこの世に現れたとき、フェバートには愛しいよりなにより、命の重さとなってやってきたのだ。
 こんなに小さいのに体の何もかもが揃っていることが、奇跡のように思えた。
 出産で精も根も尽き果てたネーナに、フェバートは「ありがとう」以外の言葉をかけることができなかった。ネーナは、にっこりと微笑んだ。


 しかし、喜びばかりとはいかなかった。
 出産以来、ネーナの熱が下がらないのである。意識も殆どない。
 セルジオはとりあえず乳母の手元にいた。フェバートの戴冠式の日は迫っていて、急遽セルジオの立太子式も同時に行われようとしていた。
 元来が丈夫なネーナのことなので、最初は皆さして心配はしていなかったのだが、さすがに数日この事態が続けばただごとではない。
 フェバートは暇をみてはネーナのもとに通う。意識があろうとなかろうと手を握る。勿論医者はついているのだが、対処療法しか手立てがないので、あとはネーナ自身に賭けるしかなかった。サゼスの息がかかった者の呪いではないかという疑いも出たが、それらしき魔力はあらわれていなかった。
 意識のあるとき、ネーナはしきりにセルジオに会いたがったが、許されなかった。子供は抵抗力が弱いので、万一うつる病であった場合を心配されたからである。フェバートは会わせてやりたかったが、セルジオが王太子となる身である以上、自分の子であって自分の子でないようなものである。こんなことなら王になることなど承知しなければよかったと思った。


 そして、10日が過ぎようとした夜明けのことだった。


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神崎 瑠珠 * 幸せの繋がり * 22:12 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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