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幸せの繋がり(4)

フェバートは朝の政務の前にネーナのもとを訪れた。
他に誰もいなかったし、寝ていると思ったのでこっそり入ったのだが、ネーナは横になってはいたものの目を開けていた。
 「起きてたのか」
 「…おはよう、フェバート」
 弱々しくネーナは言って、微笑んだ。
 「今は朝?夜?」
 「朝になったところだよ」
 「そう…。カーテンを開けて」
 言われた通りフェバートはカーテンを開ける。朝の爽やかな光が射してきた。
 「いい天気になるわね」
 「そうだろうね」
 フェバートは答えながらベッドの傍に戻って腰掛ける。
 「…夢を、見てたわ」
 「どんな?」
 「セルジオが大きくなってるの。それはもう凛々しい少年になってるのよ。髪は私と同じ銀色で…すごく格好いいの」
 「親ばかだなあ」
 「だって本当よ。ね、セルジオの髪は銀色よね」
 「そうだよ。俺に似ているところが殆どない。不公平だ」
 言いながらフェバートは、今日はネーナの調子が良いのだと安心した。こんなに喋ることは、ここ数日なかった。
 「王子様みたいな格好をして…あなたと同じ、軍服のような…」
 「この国の王子なら、そうなるだろうね」
 サゼスで流行った華美な絹のシャツとはいかないだろうし、またそう育てるつもりも、フェバートにはなかった。
 「それでね、お嫁さんと一緒にお茶を飲んでいるの」
 「…ちょっと待って。さっき『少年』って言わなかった?」
 「そうよ」
 「それなのに、お嫁さん?」
 「そう」
 「…気が早いね」
 「だって、でも…あれはお嫁さんよ。セルジオより少し年上のようだった。目が大きくて、金色に近い栗色の髪で…とても綺麗な女の子なの。きっとどこかのお姫様だわ。ね、おかしくないわよね」
 「王子になるからね。まあ、お姫様をもらえても、おかしくはないのか…」
 「二人ともとても楽しそうに喋ってるの。お嫁さんも、本当にセルジオのことが大好きなのよ。あたしには分かるの」
 「そうか」
 「よかったわ…。本当に幸せな夢だった」
 「本当に、そうなるといいね」
 「なるわ」
 ネーナはかすかに微笑んだ。
 「ね、フェバート。おねがい。セルジオを連れて来て」
 「…駄目だよ」
 「おねがい。一生のおねがいよ」
 ネーナはまた笑う。その表情のどこかに、フェバートは初めて違和感を覚えた。慌てて握ったネーナの手は、今までからは考えられない程冷たかった。
 「 ―― !」
 「フェバート」
 迷う暇はなかった。フェバートは乳母の部屋に走り、我が子を抱いて戻ってくる。この時ほど心臓が高鳴ったことも、体が勝手に動いたこともなかった。誰かが追いかけてくる気配を感じ、ネーナの部屋の鍵は、無意識にかけた。
 フェバートが戻って来ると、ネーナはぐったりと閉じていた目を開ける。
 「セルジオだ…あたしの子だ…」
 頬に涙が伝う。弱々しく手を差し伸べるが、起き上がる力がない。
 「…隣に寝かせて」
 フェバートはネーナの隣にそっとセルジオを寝かせた。急に父親に連れて来られた王子はぐずっていたが、ネーナがその小さな手を握って頭と頭を合わせると、少しずつ泣き止んだ。
 「会いたかった」
 フェバートは医者を呼ぼうかと一瞬考えたが、止めることにした。なんとなく分かったのだ。
 「まだ寝返りうてないから、自分でこっち向けないね」
 泣き笑いながら、ネーナはセルジオの頬にそっとキスをした。
 「…ネーナ」
 「ごめんなさい」
 「…君があやまることは、なにも…」
 そこまで言って、初めてフェバートは自分の頬にも涙が伝っていることに初めて気づいた。時が迫っていた。
 「もう一つだけ、一生のおねがい」
 「なに?」
 「この子に、伝えて。あたしがどれだけ会いたがってたか。どれだけセルジオと会うのを楽しみにしてたか。どれだけ、大きくなっていくところを見たかったかって。あたしがセルジオのことを考えるだけでどれだけ幸せだったかって。伝えて。おねがい」
 自分に伸ばされたネーナの手を、フェバートはそっと握る。握り返してきた手の、想像もしなかった強さに、彼は驚いた。
 「おねがい。セルジオはセルジオよ。この子の命はこの子のものなの。自分は母親の命と引き換えにして生まれてきたなんて、そんな悲しいことだけは思わせないであげて。それができるのは、フェバートだけなの。…おねがい。…おねがいよ」
 「引き換えに、だなんてそんな…」
 「誰かが言うかもしれないわ。でもそれは違うのよ。…これが、あたしの寿命なの。それは仕方ないの。そして、あたしは精一杯生きたわ。だから、おねがい」
 握り返す手の強さと引き換えに、彼女の声はどんどんか細くなっていく。
 「…分かった」
 「よかった」
 ネーナは安心したように微笑む。彼女の頬にも、涙は止まらずに流れていた。
 「いい人生だったわ。あなたにも会えて、セルジオにも会えて…。あたしは、しあわせだ…」
 「俺もだ」
 「ほんとう…?よかった…。
 もしね、あたしの夢が本当だったら…たぶん、本当だけど…それで、セルジオとあのお姫様……名前、知りたかったな……、あなたとあたしの命をつないでくれるのだとしたら…その時は、あたしが守るから…だから、なにも心配、いらないわ」
 「…分かった。それも伝える。必ず」
 「おねがい…おねがいよ……」
 ネーナは満足したように微笑む。そしてふわりと目を閉じ、二度と開くことはなかった。
 フェバートを握ったその手の強さだけは、最期までそのままだった。


4.
 「というわけだ。ネーナの墓はその時の仮住まい跡に作った。彼女は…とうとうこの城に入ることはなかったなあ」
 メルメ1世はそう話をしめくくった。
 マリアは途中からぽろぽろと涙を流していたが、内面のショックが大きかったのはセルジオの方だった。
 「僕は…父上…母上のそんな言葉を、聞いたことは…」
 「言う必要がなかった」
 「何故ですか」
 「私は、殊更母の話をすることで、却ってお前が『自分に母親がいない』ということを意識させたくなかったんだ。あとは、マリアをもらうまではお前に冷静にネーナの話をする自信がなかったから、あまりしなかった。だから出来ればネーナの伝言は、言葉以外のことで伝えたかった。マリアをもらってからは、そういう話をする必要がないほどお前たちが幸せそうだから、機を逸した」
 「父上!」
 「だから、私はお前に礼を言わなきゃならない。幸せに育ってくれてありがとう、セルジオ」
 「 ―― !」
 セルジオは完全に言葉を失った。
 「マリア。私が『君は大丈夫だ』って言った理由はわかってもらえたかい?」
 「…はい」
 「本当は出産直前にしようと思っていたんだが…すぐに話すべきだったね。ネーナの夢は当たったなあ。本当にセルジオはお姫様をもらって…」
 そこで初めてメルメ1世の声が少し湿った。
 柔らかな表情になったマリアは、にっこりと笑う。
 「明日、お母様のお墓に行ってこなければいけませんわね。私を守って下さってるんですもの。それに、改めて名前をお伝えして。お話しすることが沢山あります」
 「僕も一緒に行く。ね、マリア」
 セルジオはマリアの手をぎゅっと握った。
 「はい」
 「では場所が分からないだろうから、この父も…」
 「分かるに決まってるでしょう」
 「冷たいなあ」
 「父上は来ないで下さい。お茶でも飲んでいるのがよろしいでしょう」
 「お前…」
 言うようになったなあ、と思いながらメルメ1世は微笑んだ。


 マリアが女児を出産したのはそれから7ヶ月あまり先のことだった。 
 勿論母子ともに健康である。
 ネーナと名付けられたその王女は懐かしく新しく、命と幸せを未来に繋いでいく象徴のように、フェバートには思えた。

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神崎 瑠珠 * 幸せの繋がり * 22:24 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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